開院のご挨拶

私は、40年以上、がん医療を中心に産婦人科医として働いて参りました。そしてこの度、今までの経験、研究の総てを自分の理想とするやり方で診療に生かしたいという思いを強くし、妻の故郷、ここ坂東市に婦人科クリニックをオープンすることに致しました。今後は、地域医療を担う一員として、最善の努力をしたいと思っております。
<ロゴマークの解説>
くぐいど(鵠戸)の"くぐい"は白鳥の古い言葉です。

癌克服の夢を追って

日本は、世界で類を見ない速さで人口の高齢化が進み、それに伴って国民の2人に1人が癌に罹患し、さらに国民3人の内1人が癌で死亡する状況になっている。私は36年に至る公務員時代(虎の門病院・琉大病院・県立南部病院)、婦人科癌の診療に専念し、III期、IV期の進行癌に対して集学的治療を行い、それらの治療成績を日本癌学会や世界産婦人科学会(FIGO)で発表して来た。

72歳になった今日、進行癌の診療は体力的に無理だと自覚し、今後は婦人科癌の早期発見、さらには予防法の開発に目標を転換するつもりでいる。癌医療に携わっている若い医師に多少なりとも参考になればと思って、癌克服の夢を追って歩んで来た私の臨床経験をふまえて私見を若干述べたい。

人類の敵とみなされる癌に挑戦する日本の基礎医学及び臨床医学の研究者が一堂に会する機会が日本癌学会である。

発表は全て英語でなされる。昨年は10月に名古屋国際会議場で開催された。ミクロの癌細胞内における分子レベル、遺伝子レベルの解析が発表の主な内容である。

私は毎年この学会に参加しているが、発癌メカニズム解明のゴールは全く見えないのが素直な印象である。
琉大医学部産婦人科教室に在籍中、私の研究テーマは成人T細胞白血病(ATL)の原因ウィルスであるHTLV-1の母子感染であった。得られた研究成果は、日本産婦人科学会、日本癌学会、HTLV-1国際会議、世界産婦人科学会(FIGO)で発表した。このような経緯から日本癌学会のHTLV-1関連の発表会場には必ず参加している。

HTLV-1は、ヒト癌ウィルスの中で感染と癌発症の因果関係が世界で最初に日本人研究者によって確立されたウィルスである。発見者の日沼頼夫博士(京大名誉教授、文化勲章授与)は残念ながら昨年、肝臓癌でお亡くなりになられた(“享年90”)。ATL発症に関するHTLV-1の新たな解析結果が幾つか発表され、活発な英語による対論がなされた。

HTLV-1の全塩基配列を世界で初めて明らかにし、発癌メカニズムの解明にATL研究は最も有利であると主張されている吉田光昭博士が今回の発表を傾聴されている様子が印象に残った。琉大医学部からは、森直樹教授、田中勇悦教授が参加されていた。私はHTLV-1の発表終了直後に座長を務めた東大の渡邉俊樹教授(日本HTLV-1学会、理事長)とHTLV-1関連の研究について意見を交換した。渡邉教授によれば、HTLV-1に関しては未だ開拓されていない分野が沢山あるとのことであった。

近年、年末になるとノーベル賞発表が
恒例行事の如く話題になる。

昨年は大村智教授と梶田隆章教授が受賞され、日本中が喜びに沸いたのは記憶に新しい。ノーベル賞について私が最近特に注目する点は、日本人受賞者に地方大学出身が多いことである。すなわち、長崎大学(下村脩博士、化学賞)、徳島大学(中村修二博士、物理学賞)、神戸大学(山中伸弥博士、生理学・医学賞)、山梨大学(大村智博士、生理学・医学賞)、埼玉大学(梶田隆章博士、物理学賞)。

ノーベル賞の対象6部門の中で、仮に沖縄県から受賞者が出る可能性があるとすれば、私は第一に生理学・医学賞を挙げる。授賞理由は、ずばり“ATLに関する発癌メカニズムの解明”となるであろう。県内の若い医師が日本癌学会に積極的に参加し、発癌メカニズムに関する研究のヒントを学ぶならば、私が述べた県内から受賞者の出現も夢ではないと自問しながら婦人科癌医療に従事している昨今である。(沖縄医報 Vol.52 No.1 2016)